「昔の私は自由に書いたり描いたりしていた」【作文日記】

8月9日の作文日記。

「昔の私は自由に書いたり描いたりしていた」

少し前から、実家の片付けをしている。
と言っても、実家の「自分の部屋」の片付けなので偉そうには言えない。

本を中心に、少しずつ1人暮らしの賃貸へ持ち帰っては分別している。
けっこう面倒だけど、1つずつ手に取って昔のことを思い出している。

先日実家から賃貸に持ち帰った物の中に、自分で書いた「漫画」と「脚本」があった。

そういえば私は昔、よく漫画や小説を書いていたことを思い出した。試験勉強のために部屋にこもると勉強せずに、漫画や小説ばかり集中して書いていた。

出てきた「漫画」は、仲良しだった部活の友達と自分が冒険するストーリー。凹んでいるRさんの悩みを解決するために、その他のみんなで無人島に行く。それぞれのキャラの個性や口ぐせがちゃんと描かれてあって、けっこう面白い。絵は下手。

もう1つは「脚本」だ。二十歳ごろに書いたと思われる。桃太郎のストーリーをかなりいじって書いたもの。やぶったノートを使用しているが、一応ちゃんと脚本らしく書かれているからすごい。キャラもイラストで説明されている。内容は単純だけど、ちゃんとオチがある。

すごいすごい。
昔の自分って、こんなに自由に、絵や文章をかいていたんだ。
私は昔から、書くのも描くのも大好きで、かいてばかりいた。

今も作品を書きたいなって思ってるけど、進まない。
なんで書けなくなったんだろう。

ついでに思い出したことだけど、小学生の頃にお別れ会で、友達と「漫才」をしたくてネタを書いた(ちゃんとやらせてもらった)。中学生の頃に友達と「交換漫画」をしたこともある。部活の部屋の教団の下に隠しておいたら、ある日無くなっていた。

社会に出てからも、小さな劇の脚本を書いたり、ミュージカルの脚本を書いたり作曲したり、合奏をアレンジしたり、キャンプのテーマソングを作ったり……。友達の誕生日に、彼女を主人公にした超短編小説を書いて送ったこともあった。

私はずっと、何かを作っていた。

今年の3月に、「本当にしたいことは何? 今何をしたいの?」と自分に問うた時に「文章を書きたい」と真っ直ぐに出てきた思いは、ずいぶん昔からあった思いなのかもしれない。

直観で大学を選んだつもりだったけど、前から望んでいたことなのかな。

社会に出てからはスキルアップや人間関係のために、how-to本ばかり読んでいた。そういう読書だってきっと、肥しになっていると思う。

だけど私は基本「文学」が好き。ストーリーが好き。
実家の片付けをしていると、昔読んだ本がわんさか出てきた。私は昔、安部公房が大好きで、筒井康隆や辻仁成の本もよく読んでいた。社会に出てからそのことをすっかり忘れた。

45歳の今。大学で文章の勉強をさせてもらっている。
こうなるべくしてなった気もしてきた。

自分で岐路を選んでいるような気がしつつ、運命の一本道をただひたすら歩いているのかもしれない。

若い頃の自分が、本や、書くこと描くことが好きでいてくれて、本当に嬉しい。
「今」やりたいことが、突発的に起こったことではなくなるから。

昔の汚い字の脚本や、下手な絵の漫画は、たぶん「友達や先生」に見せたくて書いたんだと思う。ということは、読み手を設定すれば書けるのかも。

歴史の中に色んなヒントがみつかるけど、自分の短い歴史の中からもヒントがみつかることもあるんだな。

昔のように、下手でも無茶苦茶でもいいから書いてみたい。
そう思った1作目が、この作文日記。

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