「見上げた空の音楽」

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「見上げた空の音楽」

空に五線譜があった。
お盆を過ぎても残暑厳しいけど、空は、夏の空のときと秋の空のときがある。

最近は全くピアノを弾いていない。
もうショパンとか弾けないだろうな。
なんとなく指が覚えていて動いてくれたりするだろうか。

ノクターンOp.9-2は有名でキレイな曲だけど、私はOp.9-1が好きだった。
そういうことも、どんどん忘れていくのかな。

♪♪♪

色んな時が与えられる。
聖書には「時に叶って美しい」という一節がある。

ピアノはある時突然、弾く機会を与えられた。思いがけず伴奏を頼まれ、バンドに誘われ、曲を作ったり楽器の上手い友達とセッションしたり、仕事でも弾く機会が多々あった。

子どもの頃はバイエルがつまらなくて、仮病を使ってlessonを休んでばかりいた私が、ピアノの形の置物や壁飾りをプレゼントされるほど、超ローカルな範囲では「ピアノ弾き」となっていた。

そして、
あれだけ弾いていたのに、あれだけlessonに通ったのに、今はさっぱり弾いていない。もうピアノの置物も届かなくなった。

弾く時があり、弾かない時があり。
どっちも時に叶って美しいのだろう。

一時の間「ピアノ弾き」だった私のことを、知らない人もいっぱいいる。だけど、その頃出会った人達にとっては、私はいつまでも「ピアノ弾き」のようだ。

その時々の役割を果たしながら、生きている。

たまにピアノ弾きたくなるけど……
あの頃みたいに、誰かに必要とされているわけではないので、少し弾いたら気がすむ。

指の短い私でもそこそこピアノが上達したのは、人前で弾く機会を多く与えてもらったからだろう。人間関係は面倒臭いけど、人との交流の中で育つものは計り知れない。

空の五線譜をみながらピアノ弾きだった頃を思い出し、今度はそこそこの物書きになりたいとか思っているのであれば、やっぱり人との交流の方へ近付いていかないといけないと感じた。

人が複数いるから、響くのだろうと思うから。

ついつい閉ざしてしまう自分を、そろそろ開放しようかな……と思った、夏の空だった。

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