「364日のみなさんへのありがとう」【作文日記】

今日は、少し美味しいものを食べました。

勉強のことも未来のことも考えずに、「たった今」やりたいことだけをやって過ごしたんです。地味で小さなことばかりだけど、やって満足しています。

今日に限って、電話やメール・ラインで連絡してくる人もいました。今日に限らなくてもいいのにな…年賀状みたいだな…と思ってしまいます。

誕生日だから連絡くれるっていうのが、どうにも嬉しさを感じなくなってしまいました。誕生日じゃなくても、他364日でもいいのですが。とりあえず「ありがとう」とは言っておきました。

本当にありがとうを伝えたい人は、他にいます。

364日のどこかで、時々わたしを思い出して連絡をくれた人たちです。「おかげさまで1年間ありがとう」と伝えたいけど、「今日、わたし誕生日なんです」という連絡を含むから、やっぱり言えないです。

でも、そういう考えは結局、誕生日が特別だという考えに基づいているってことになります。わたしも堂々と、364日のどこかで「おかげさまでありがとう」と言えば良いのですね。そうでした。

そしたら、いつ言うのでしょうか?
……ってことになった時には、やっぱり何か特別な日がきっかけとなるのでしょう。ややこしいですね。それって誕生日っぽいですよね。もしくは年賀状ですかね。

昔々、若い頃、誕生日会を開いたことがあったんです。
誕生日が1日違いの友達と、一緒に誕生日会を開きました。友達を招いたはずなのに、何故か偉い先生方まで来てくれて、わたしは椅子に座ってられない状況になりました。そうしたらその偉い先生方の1人が「主賓なのに大変そうですね。主賓が幹事なんですね」とくすくす笑って言われました。あなたたちが来てしまったから……と喉まで上がりましたけど、のみこみました。偉い先生方が来てくれて、大変重厚なお誕生日会になってしまって、忘れられない思い出となりました。

その日に学んだことがあります。
誕生日のお祝いを誰かにしてもらおうと思わず、自分ですればいいのだということです。「主賓が幹事」という言葉は、わたしは好きな言葉です。主賓が幹事になって、自分の誕生日を自分の好きなように祝えばいい、って思います。

祝ってくれる人は徐々に減り、そのうちいなくなるかもしれません。その時こそ、自分が幹事デビューです。自分で自分にクラッカー打ち上げればいいと思います。

今日、46歳になりました。実のところ、物憂げな夜を過ごしたのは昨夜でした。「バースデー・ブルー」っていうのがあるそうです。前日に落ち込んで、旅立つ方もおられるほど深刻に至ることもあるようです。わたしはプチ・ブルーを掻き消すために、昨夜は普段禁じている美味しいものをわんさか食べました。食べ物パワーのおかげでケロッと好転いたしました。

おかげって思えるの、大事かもしれません。

ブルーになるほど誕生日を重要視・特別視しなくてもいいんじゃないかなって思います。誕生日を特別に祝ってもらえなくても、その他の日にたくさんの人と出会っていますよね。イベントを楽しむのはステキです。楽しいし。仲間がいるし。だけど、そういう時期が過ぎ去ったとき、必要以上に陰を感じてしまわなくてもいいですね。

陰陽は紙一重。
誕生日と364日も紙一重。

だから、364日の方をもっと意識しても良いのではないかと思います。色んな人が声をかけてくれて、出会ってくれて、1年間、生き続けてこられました。

立ち寄ったコンビニで会話した店員さん、携帯解約で長電話した電話の向こうの男性、スーパーのカートでわたしをひこうとした女の子、わたしの真後ろでこけて泣いた男の子、市営バスでお話してくれたおじさん、賃貸の廊下で挨拶したどの部屋かの住人、ゲストハウスでわたしをスタッフだと思って話しかけてきた若者、ブログを訪問してくれた人、Twitterをフォローしてくれた人……。

深い付き合いにはならなくとも、みんなに支えてもらった1年。

なんてありがたいんだ!!!
本当にみなさんありがとう。

そんなことをしみじみ考えている、今晩です。
自分、おめでとう。
おやすみなさい。

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